子どもの感性をギュッと詰め込んだ、エッツの代表作
基本情報
作 | マリー・ホール・エッツ |
訳 | まさき るりこ |
出版社 | 福音館書店 |
初版 | 1963年12月20日 |
おすすめ年齢 | 2・3歳~ |

シンプルながら、奥深い。
あらすじ

動物たちと男の子の森での幻想的な出来事
ラッパをもって森に散歩にでかけた男の子は、ライオン、ゾウ、クマと、いろいろな動物たちに出会います。男の子はラッパをふきながら、みんなと行列をつくって森をお散歩。そして森の中で、かくれんぼをはじめますが、男の子が鬼をしているうちに、動物たちは姿を消していました。かわりに現れたのは、お父さん。「またこんどまでまっていてくれるよ」、お父さんはそういうと男の子を肩車にのせて、おうちに帰っていきました。
みどころ

仕掛け満載の裏表紙
この絵本は、裏表紙と表紙を広げて見せると絵がつながっています。
このような仕掛けのある絵本は多くありますが「もりのなか」もその1つです。
絵本を読み終わった後で、表紙と裏表紙を拡げるようにして全体を見せてあげると、物語の余韻を最後まで楽しむ事が出来ます。
今までの主要な舞台がそこに再現されており、まるで物語のダイジェストのようです。このページをゆっくり眺める事で子ども達はまるでエンドロールを見ているかのような余韻を楽しむ事が出来るでしょう!

最後まで余韻に浸れる良い仕掛け!
森の中へ入るドキドキ
私も小学校の頃は、学校の裏山によく遊びに行っていました。森というのは子ども達にとって(大人にとっても)非日常的で、まるで別の世界に入り込むようなワクワク・ドキドキがある場所のように思います。
森は、不思議な魅力があります。少しの恐怖と湧き出る興味がバランスよく緊張感を演出し、何かが起こりそうな期待を持てる場所です。それでいて、美しくどこか安心できる場もちゃんとある。そんな森に主人公の”ぼく”も入っていったのだと私は思います。
この絵本を見ている時の子ども達は、森のなかへ入っていく男の子”ぼく”に自分を重ね、一緒に森の中を散策しているようです。

ちょっとした冒険だね!
ファンタジーが始まる伏線
森の中で”ぼく”は様々な動物たちと出会う事になります。
その動物たちは”僕”のファンタジーなんじゃないかと思われます。
最初の場面でこのようなシーンがあります。
ぼくは かみの ぼうしを かぶり、
あたらしい らっぱを もって、もりへ、さんぽに でかけました。
子ども達は何かを身に着ける事で、ファンタジーの世界にすっかり入りやすくなります。保育の中でもシンボルとなる道具が大切だと言われるのはこうした理由からですね。
僕が紙の帽子を被り、ラッパを持つ事には大変重要な意味(=その子がこれからファンタジーの世界へ入っていく事を示唆する)があると思って差し支えないと思います。こういうところを、よく描写してくれるのがエッツの絵本らしい部分です。

エッツは、本当に子どもの遊びの本質を分かっていますね。
動物たちにはモデルがいる?
絵本に出てくる動物たちには、それぞれにモデルがいると考える人もいます。エッツの絵本にはほとんどに何かモデルがあると言われているからです。
たとえば、小さなしゃべらないウサギはこの絵本の中でも特に不思議な存在です。
このウサギは、エッツの身近にいた障がいを持つ子がモデルではないかとする説もあります。最後に登場したウサギですが、行列の中では男の子のすぐ後ろをあるいています。こういうところにも何か意味があるとおもいます。
こういった構図にも繊細にこだわってあるところは、エッツの絵本の大きな魅力です。

面白い考察ですね!
どんどんつながる動物たちの列
こども達は、連なって歩く事が大好きです。私の園でも、1人が保育士の背中をついてくるように歩けば、いつの間にか長い列が出来ている事もあります。
また、わらべ歌の中にも列を作って歩く遊びは多く子ども達が”列を作る”事を楽しんでいる場面は多くあります。
絵本の中でもサルたちが「ぎょうれつだ!ぎょうれつだ!ぼくらはぎょうれつだいすきだ!」と言っていますが、原文では行列=パレードとしるされています。
子ども達にとって人との繋がりが感じられる遊びは、生命の喜びに直結すると私は思っています。

人と関わり、つながる事がどれほど子ども達にとって喜びか分かるでしょう。
モノクロとは思えない描画力
書店へいけば、実に強烈な色でべた塗されたカラフルな本がズラッと並んでいます。
そんな中、この絵本は本編が全てモノクロで描かれています。
本に出てくる森は私がかつて遊んだ裏山にも、どこか似ているような気がします。このもりの中がモノクロで美しく描かれたのには深い意味があるように思います。人々の心の中にある深い森を描くには、これ以上ない表現方法だと思います。
現実とファンタジーが入り混じる独特の世界観に子ども達も強く共感し、惹かれていくのだとおもいます。

むしろ、モノクロだから良い!
私がこの本を選んだ理由

この物語は、最後にお父さんが迎えに来る事で終わりに向かいます。
“ぼく”にお父さんは「だけど、もう おそいよ。うちへ かえらなくっちゃ」と言います。
この一言できっと”ぼく”は一気に現実の世界に引き戻されます。なんて冷たい、ファンタジーを壊すような言葉だろうと少し悲しくなります。でも、このお父さんはこう続けるんです
きっと、またこんどまで まっててくれるよ
もりのなか/マリー・ホール・エッツ
この一言が本当に素敵です。この一言をきっかけに”ぼく”はまた空想の世界を取り戻し、でも安心して戻ってくる事が出来ました。その証拠に”ぼく”はこう続けます
さようならぁ。みんな まっててね。また こんど、さんぽに きたとき、さがすからね!
もりのなか/マリー・ホール・エッツ
森の中の楽しいファンタジーは”ぼく”の中で崩れる事なく、生き続けています。
そっくりそのまま、”森のなか”そして”ぼくの心の中”に残り続けたのだろうとおもいます。
“ぼく”は自分の大切なファンタジーを壊す事なく、その世界から戻ってくる事が出来ました。遊びを中断してしまった”ぼく”ですが、お父さんの一言で、その想いは未来へつながっていきます。
この子が、安心して納得してお父さんと家へ帰るシーンはとても幸せな結末であり、あたたかいシーンです。
最後の場面の後ろ姿だけで、この親子がどれほど愛に溢れる素晴らしい毎日を送っているかがよく伝わってきます。
子どもの内面の世界にこんなにも敬意をもった一言があるでしょうか。こんな一言が言える大人になりたいと私も強く思った一冊でした。
大人の言葉は、こどもの内面を生かす事も、殺す事も出来る。そしてそれはどちらも何気ない(でも子子どもにとって重大な)たった一言なのだろうと学んだ、私にとって大切な絵本です。
コメント