ある年長2人の男の子が些細なこと(と大人は思えるようなこと)で口論を繰り広げて言いました。
内容を少しご説明いたしますと、
当時クラスでは主に積み木を用いて、消防自動車を構成するという遊びが展開されていました。その遊びに参加していた年長児がそのディテールを巡ってお互いに意見を主張し合っていたのです。
2人の言い分はどちらも筋が通っていました。もう少し早く大人が介入してもよかったのですが、そのやり取りがもう少しで上手くまとまりそうだった事と、特に助けを求められなかった事の2つを理由に私も遠いところから見守る事を選択していました。
すると、突然一方の男児(=A君)が「もういい。もう今日は○○とは遊ばない!」とその話し合いを放棄してしまったのです。
遊ばないと言われてしまった男の子(=B君)は少し寂しそうでしたが「俺だって遊びたくない」とつぶやいて別の場所へ行ってしまいました。
話し合いを放棄してしまったA君の判断はある意味、正しいと思います。きっとこのまま話していても、自分の意見が分かって貰えるような気がしなかったでしょうし、その場の問題が解決できるような見通しも持てなかったのだと思います。
大人だってそんな時は、一旦その場を離れるという選択をすると思います。
そうして2人は休戦をして互いに新しい違う遊びを始めました。
暫くして私は、「もういい!」と話し合いを放棄したA君に寄って「さっきは2人の話し合いが少し上手くいかなかったみたいだね。僕は、君の気持ちがよく分かるよ。だって僕も積み木で遊ぶのがすごく好きだからね。拘りたいし、せっかくやるなら良い物を作りたいよね。だから君が相手の子に対して自分のやりたい事をしっかりと言えた事は大事だったと思う」と私自身の気持ちをお伝えしました。。
するとA君は
「○○君は全然それをやってくれなくて嫌だった!せっかく僕がこんな風に作ったのを台無しにした!それが嫌だった」と話をしてくれました。
A君もこの時は少し冷静さを取り戻していましたので、私も少し踏み込んで
「そうだね。嫌だったと思う。でも僕は二人がそんな風に、もう遊ばない!というような約束をしていたのも聞いてしまって、それがすごく悲しかった。僕は、二人がいつも一緒に、楽しそうに遊ぶ姿を見るのがとっても好きだったんだよ。だから君たちが喧嘩をしたままになってしまうのは悲しんだよね」と話をしてみました。
そこでA君は弱い口調で「ごめんねって言った方がいい?」と尋ねてくれました。
私が「それは、君が決めたらいいよ。」とだけ返すとA君も「そうだね」と言い、その場を離れてまた別の遊びを始めました。
結局それからA君はB君に謝る事も、また一緒に遊び始める事もなく、昼食の時間まで2人は別々に遊びをして過ごす事になりました。
この時の私の、実に曖昧で分かりにくい言葉を乱用した対応も、冷静に振り返るとあまり良くなかったと反省しますが、それでもA君は真剣に話を聞いてくれていました。それだけで十分かと思い、私もそれ以上は特に介入をしませんでした。
そして、そのまま昼食を迎えてしまいました。二人はもうさっきの事など忘れたような雰囲気で、いつものように昼食の準備をして食べ始めました。実はこの二人は同じテーブルで同じくらいの時間に食べる事が多いペアでしたので、この日もだいたい同じ時間に、同じテーブルで食事をとり始めました。
意外にも2人は、いつもの笑顔で、いつものように少々多すぎる雑談を楽しみながら昼食をとっていました。こんな風に、さっきまで喧嘩をしていても、またあっさりと元の関係に戻れる子ども達の柔軟性を時々うらやましく思ったりもします。
そして、二人は食事を終えて午睡の準備に入ったのですが、
私の側にB君がそっと近づいてきて「ごはんの時さ、A君が”さっきはごめんね”って言ってくれたんだ。だからもう大丈夫になったの」と少し照れたように小声で言い自分の布団へ戻っていきました。
A君は食事の時にB君と話の続きをしていたのです。
私はなんとも安心したような気持ちになり、思わず涙がこぼれてしまいました。その時のB君の表情はとても幸せそうでした。思い返すと今でも、気持ちが暖炉の炎にあたったように、じんわりとあたたかくなってきます。
そして今、20代でこれほど涙もろいと今後の人生が思いやられるなぁと思いながら、この時の事を振り返っている訳ですが、改めて色々と考えてみますと、食卓という場を私たちはもっと大切に考える必要があるなと思います。
近頃は孤食傾向が強まっており、誰かと食卓を囲む経験の少ない子も多いというお話も伺った事があります。残念ながら私は子ども達の孤食傾向がどれほど多くなっているのかというデータを拝見した事がないのですが、もし孤食傾向の強まりが事実だとしたら、保育園での共食経験はこれまで以上に大きな意味を持ってくると思います。
今回も、食卓の場がお互いに心の内を話すきっかけになったケースでした。確かに食事中は副交感神経が優位になるので、お互いに穏やかにお話がしやすいのかも知れません。
今回の出来事を通して私も、保育園での食事場面が第一に、楽しく、穏やかで、心地の良い場である事が大切である事を再認識致しました。そしてその雰囲気をつくる事こそが、私たち大人に任せられた重要な役割であろうと思います。
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